笑顔を届けるてんかん講師のリンカーン中村です。
僕のことを1番に考え、どうすることが僕にとって1番いいのかを考えてくれていた母さんのおかげで、僕は今まで生きてこれました。
本当に感謝しています。
しかし、そんな母が一度だけ、たった一度だけ弱音を吐いたことがあります。
その言葉で、僕は変わることを決意しました。
母さんの口からこぼれた本当の思い
てんかんになって1年が経とうとした頃、僕はひどく落ち込んでいました。
「なんでこんな病気になってしまったんだろう…」
毎日同じことで悩み、苦しんでいました。学校生活も荒れてしまい、家に帰っても母さんに強く当たってしまっていました。
そんなある日、いつものように家の台所で晩ご飯を食べていると、洗い物をしていた母さんが突然、僕に背中を向けたまま、申し訳なさそうにこんなことを言いました。
「…元気な子どもに産んであげられなくて、ごめんね。」
……!!!
返す言葉が見つからず、僕はそのまま自分の部屋に戻りました。
部屋の扉を閉め終わると同時に、ブワッと、涙が溢れ出てきました。声が漏れないように布団にくるまり、泣き続けました。
自分のせいで苦しい思いをしている人がいる
このとき僕は初めて、
”母さんは、僕以上に悩み、苦しい思いをしている”
ということを知りました。
今まで、自分が1番悩んでいるし、苦しい思いをしていると思っていました。
けれど、そうではありませんでした。
僕の前では決して弱音を吐かなかった母さんが、初めて僕の前で自分の思いをこぼしたのです。
たった一言でしたが、それだけで母さんの思いが痛いくらいに伝わってきました。
”自分のせいで母さんを苦しめていた”
そう思うと胸が張り裂けそうでした。
てんかんになったことで悩んだり苦しい思いをするのは、仕方のないことかもしれません。
けれど、僕のその姿を見て、苦しい思いをしている人がいたのです。
「こんな僕を、文句の1つも言わず、毎日毎日支え続けてくれる母さんを、これ以上悲しませるわけにはいかない…!!」
ひとしきり泣き終えたあと、僕はそう決心しました。
僕なりの親孝行
その日から、僕は1つのことを決めました。
それは、
「誰よりも人生を楽しもう!」
ということです。
そして、
「てんかんになったけど、それでも良かったよ!」
と胸を張って言えるようになろうと決めました。
それが、僕なりの親孝行じゃないかなと思っています。
僕がてんかんになったことで、母さんは自分に責任を感じていました。
”私のせいで苦しい思いをさせてしまっている”
きっとこのように考えていたと思います。
でも、僕がてんかんになったとしても、それを受け入れ、前向きに生きることができれば、そんな思いをさせずに済むと考えました。
今、このブログを読んでいる人の中には、病気を持っている人もいるはずです。
苦しいし、辛いこともあると思います。
でも、苦しい思いをしているのは、あなただけではありません。
あなたは決して1人ではないのです。
あなたが苦しい思いをすると、あなたと同じくらい、もしくはそれ以上に苦しい思いをしている人がいます。
僕にとって、それは母さんでした。
周りの人の支えや、思いを改めて感じることで、
病気に対する考えが変わっていって欲しいと願っています。
最後までご覧頂き、ありがとうございました。
当ブログは「てんかんを持っている方に元気や勇気を届けたい」という思いで運営しております。
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「癲癇」と「転換」
どちらも読みは、”てんかん”。癲癇という病気の見方や考え方を、プラスな方向へ転換させたいという思いから、”てんかん講師”と名乗っています。
僕自身が、癲癇になって、人生が何度も転換していった。(悪い方へも良い方へも)そんな経験を伝えていきたい。#てんかん #ミレラボ
― てんかん講師 中村真二@6/8東京 6/29浜松,名古屋 (@nakamur809) 2019年4月20日
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